「寝返って、俺につこうというのか」
目の前の青年は、やや呆れたようにこちらを見返した。自分が何を言っているかは重々承知だ、おかしなことを言っている――苛烈にして冷静沈着なこの皇子を戸惑わせるほどの。
「や、信用できぬのも無理からぬことでしょうが」リブは細く閉じた目を、薄く見開いた。「僕はあなたに仕えたい。殿下は真にこの国の皇たるに値する方だ」
 しばしの沈黙が降りる。リブは頭を垂れて、彼の返答を待った。
 この皇子の間者となってからは、驚くことばかりだった。この若さでこれほどと思うと、あの愚鈍な、国から得た富を貪ることしか頭にない高官が忌々しく思うのも仕方ない。政治となれば身を粉にして働きその手腕を発揮して見せ、戦となればその剣の腕と知略を披露し、胸のすくような勝利を納めてみせた。それだけではない、彼には人を惹きつけるものがある。こればかりは人が努力して身につけられるものではない、彼の天賦の才だ。
(まさに皇たらんとして生まれてきたお方だ)
 リブはすっかり、彼の王才に惚れ込んでしまったのだ。彼の納める国を見てみたい、そう思った。
「リブ」
「は」
 アシュヴィンの声がふり、リブは頭を軽く上げた。
「お前は、まあなんというか、変わったやつだな。俺の下について得することなんて、一つもない。お前を雇った主はもちろん俺が王になることに不満を持つものがごまんといて、四六時中命を狙われる。それに、俺はお前をこき使う。それでもいいのか?」
「承知していますよ。僕も飽きたら、あなたを裏切りますが――それでもいいですか?」
 薄く笑って答えると、アシュヴィンは呵々と笑った。
「いい度胸だ、気に入った」アシュヴィンは腰から剣を引き抜き、リブの首もとに押し当てた。冷たい鉄の感触が直に触れ、背筋が泡だつ。「そのときは、お前をこの手で斬ってやろうぞ」
 低い、冷たい声だった。怜悧な視線で射すくめられ、リブはやはり強く思う。この人の作る国を見たい、と。動じぬリブをつまらなく思ったのか、アシュヴィンはすぐに剣をしまった。
 彼は目線を、遠くに投げやる。荒れた土地を、煌々とした黒い太陽が見下ろしている。言葉はもうなかった。お互いに、やるべき事は承知している。
「この傾こうとしている国の皇になろうとしている男だ。仕えるならば、命はないものと思え」
 そう言って不敵に口角をひき上げた主を、リブは目を細め、眩しそうに見つめた。




2010/11/27