物ごころついたときには、スーリヤはナ―サティヤの父だった。 己が殺した兄への追慕か憐れみかは知る由もない。ただナ―サティヤにわかるのは、彼の手が大きく、温かだったということだけだった。 「ナ―サティヤ様」 静かな声が耳に届き、ナ―サィヤは思考を止めた。昼間でもほの暗い部屋の暗がりから、黒い装束をまとった影が現れる。 「エイカか」 は、と短く答えて、エイカは軽く頭を下げた。おそらく、戦局の話だろう。呼吸で促すと、エイカはやや重たげに口を開いた。 「ムドガラ様が、破れました」 一瞬、自分の呼気が酷く冷たくなったのを感じた。そうか、と答えた自分の声が、僅かにかすれたのをエイカは聞き洩らさなかったようだ。目が見えない分、エイカは敏感に空気を察知する。 「大丈夫だ」ナーサティヤは僅かに目を伏せ、答えた。「ただ、ムドガラ将軍が倒れた今、だれがあの方の傍に付くのだろうと思った」 我を失った今の父に最後まで使えることができる者は、彼しかいなかった。もはや後は無くなった。ナーサティヤは己の剣の柄に触れる。そして、金の髪をもつ少女のことを思った。 父も母も失い、一人取り残された少女に自分を重ねて、妙な仏心を出したのがあだとなった。 ――その子を養子にするなど、火の粉を内に抱くようなものです。 かつて自分を受け入れるとき、父が家臣に言われた言葉を思い出す。やはりそれは正しかった。自分も父のように、と少女を逃がすとき、思わなかったとは言わない。 因果なものだ、とナーサティヤはため息をついた。 迷いは捨てる。手段を、よりごのみできる身分か。 「父上にご報告に行く。お前は、引き続き二の姫の監視を」 エイカは溶けるように、影へと消える。一人残された部屋は、やけに冷たく見えた。 |